朝てれびゅー

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【ひよっこ】感想 あらすじ 朝の連続テレビ小説~テレビレコメンドを色々と♪

NHK朝ドラ『とと姉ちゃん』のモデルとなった大橋鎭子さんってどんな人?

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2016年4月からスタートするNHK朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のモデルとなった大橋鎭子(おおはししずこ)さんってどんな人だろう?という事で調べてみました。

 大橋鎭子さんは出版社『暮しの手帖社』創始者の一人で雑誌『暮しの手帖』を創刊した方です。

経歴

1920年(大正 9年)3月10日東京麹町で生まれる父:大橋武雄(たけお)、母:久子(ひさこ)

1921年(大正10年)父の仕事の都合で北海道で幼少期を過ごす

1926年(大正15年)父の病気が悪化し東京へ帰る

            父の入院で鎌倉へ引っ越す

1928年(昭和 3年)小学3年の時再び東京へ帰る

1930年(昭和 5年)小学5年10歳の時に父が肺結核で亡くなる

1932年(昭和 7年)東京府立第六高等女学校(現在の東京都三田高等学校)入学

1937年(昭和12年)東京府立第六高等女学校卒業

1937年(昭和12年)4月日本興業銀行に就職し調査課に勤務する。3年で銀行を辞める。

1940年(昭和15年)もっと勉強がしたいと考え日本女子大学の家政科二類に入学するが1年で肺を患い退学

1941年(昭和16年)日本読書新聞に入社編集部に所属

1945年(昭和20年)終戦をむかえる

1946年(昭和21年)25歳の時、苦労して三姉妹を育ててくれた母に親孝行がしたいと色々考えた末、女性に役立つ本の出版を目指し、花森安治、大橋三姉妹[鎭子・晴子・芳子]と横山啓一(経理・後に晴子と結婚)の5人で『衣装研究所(後の暮しの手帖社)』を銀座で設立して社長となり『スタイルブック』1946夏号を創刊

1948年(昭和23年)新しい雑誌『美しい暮しの手帖』第一号が9月20日に発売される。

1950年(昭和25年)『別冊すまいの手帖』出版

1951年(昭和26年)暮しの手帖社』に社名を変更

1953年(昭和28年)雑誌の名前を『暮しの手帖』に変更

1969年(昭和44年)第二世紀第一号(101号)から外国人ファッション・エッセイ『すてきなあなたに』連載開始

1975年(昭和50年)『すてきなあなたに』単行本出版

1978年(昭和53年)花森安治氏が心筋梗塞で亡くなり編集長となる。

2004年(平成16年)横山泰子(妹の息子の妻)に社長を譲り社主となる

2013年(平成25年)肺炎のため東京の自宅で息を引き取る 93歳没

 

日本女子大学と言えば『あさが来た』で今、成澤先生とあさが一緒に設立しようとしている大学ですね。成澤先生は日本女子大医学創始者成瀬仁蔵さんがモデルとなっています。

戦後の日本で女性が出版社を立ち上げるのは並大抵の事では無かったと思います。「とと姉ちゃん」ではどのように描かれて行くのか楽しみです。